ミスターラグビー

ミスター・ラグビーと呼ばれた平尾誠二さんが亡くなられました。精悍なマスクと鋼のような身体、精神性。反面、決してスマートではない、泥くさい、けれど嘘のない言動は父親や恩師との関係を縦軸に、極限を共有した選手生活から裏付けされたものだったんですね。

スマホ世代には昭和の産物的発想かもしれませんが、私が幼い頃も確かにそうであったし、やはり恩師から学ぶ間柄には窮屈でもこういう匂いが残って欲しいと思っています。個人的に、、、

長文になりますが、平尾誠二さんを追悼した産経ニュースの記事をご紹介します。

『 元ラグビー日本代表監督で神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督兼ゼネラルマネージャーの平尾誠二氏が11日夜、第3回長州「正論」懇話会で「変化する時代に求められるリーダーとは? 人を育て、組織を動かす」と題して講演した。詳報は次の通り。(この記事は2014年4月13日の記事を再掲しています)
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 こんばんは。神戸製鋼の平尾誠二です。「俺はこんなリーダーシップを発揮している」などと言うつもりはありません。こんなリーダーシップに感動したという話をしたいと思います。
 実は、神戸製鋼や日本代表の監督をして「最近の若い者は…」と感じることが多いのです。昔の選手とずいぶん気質が変わりました。今の選手のマネジメントは楽なんです。規則を破るヤンチャな選手がいないんですよ。
 僕が神戸製鋼の主将だった頃、午後10時の門限に選手たちがホテルに戻ってくるか、確認する役目もありました。選手はみな時間通りには帰ってくる。中には数分前に走って帰ってくる奴もいます。全員揃うと「これで俺も眠れるな」と思うのですが、実はそこからみんなこっそり出て行くんです。まったく門限の意味がない(笑い)
 中には寝ずに試合に出る選手もいるんですが、それでも試合は見事でした。命をかけて戦い抜くんです。まさか酒を飲んだとか、前日寝てないとか、一切思わせないプレーをします。
 今こんな奴は1人もいません。午後8時には全員きっちり部屋にいます。試合前夜、部屋を覗くとサプリメントがズラリと積んであってボリボリ食べとる。ベッドにはパソコンがあり、対戦相手の映像を見て研究してます。すごい勉強熱心なんです。部屋が乾燥していると感じたら加湿器まで持ち込んでいる。
 だけど「次の日にどれほど頑張ってくれるか」というと大したことない。肩すかしもいいところです。それなりには頑張っているが、一瞬にかける瞬発力は昔の選手の方があったような気がします。今は情報量も多く、試合も計画的で緻密ですが、僕らの頃のような「どうなるか分からない戦いの一瞬にかける」という野生的な強さが不足しているように感じます。
 もう一つ。選手たちの両親は、51歳の私と同年代の親が多いのですが、本当に熱心に試合を見に来る。どこにでも来て「キャー、○○ちゃん!」とすごい声援を送るんです。素晴らしいと言えば素晴らしい。
 僕らの頃はそんなことは格好悪いと感じていましたが、今の子供達は割と平気で受け入れてますね。試合後、親御さんと和やかに話しています。僕が「ヘボいプレーしやがって!」と文句を言ってやろうと選手のところに行くと、すでに親が「今日はよかったね」「キックが素晴らしかったね」などと話しかけている。怒る気も失せますよ(笑い)。
 僕の持論ですが、親子関係が友達化しているように感じます。僕の友人も大学生の息子がいて「俺の親子関係は友達みたいによい」と言うんです。果たしてそれでいいのでしょうか?
 僕はそうは思わない。友達は友達だけで十分なんです。人間は成長する過程で多様な人間関係があって色々なことを感じて成長していく。父親を「クソ親父」と思う時もあります。学校には怒ってばかりいる先生もいる。理不尽な指導を受けても、その葛藤が心を鍛えるんです。
 ですが、今は心を鍛える場面が非常に少ない。社会に出たら理不尽なことばかりですよ。「こんなはずではなかった」とその度に心が折れていてはダメ。前に進むには心の強さが必要なんです。色々な理不尽なことや、葛藤や苦悩があって、人間は鍛えられるのではないか。僕の場合はそれを子供の頃に鍛えられた。最近はそのような機会があまりに少ないのではないでしょうか。
 今の時代、学校が教育の主な場とされていますが、家庭でこそ人格は作られるのではないでしょうか。家庭には憩いの場の機能もあるけど、試練もあってこそ人格は作れる。家庭におけるリーダーである親は、その一役を担っているのではないか。聞こえのよいことを言えば子供からの評判も良くなるけど、彼自身が成長するきっかけを失うことになります。
 僕がリーダーシップを感じるのは、伏見工業高校の監督だった山口良治さん、同志社大学の監督だった岡仁詩さん。元日本代表の宿澤広朗さんの3人でした。
 3人とも、一般の評判とちょっと違いますよね。まともな人はいなかった(笑い)。例えば、宿澤さんは冷静な分析家のイメージがありますが、実はメチャクチャ短気でした。
 リーダーシップを感じるのは、そのメチャクチャなところなんです。極端な思いを持ったり、情熱があったり、考え方や思想が、平均よりも飛び抜けたところがあると思います。
 では、山口良治さんの話をしたいと思います。ドラマ「スクールウォーズ」で一躍有名になった「泣き虫先生」ですが、理不尽なひどい仕打ちを受けて逆に泣かされてました(笑い)。
 生徒を殴る姿を3年間で300発は見たと思います。退官まで何発殴ったのか…。今だったらイチコロですね。にもかかわらず一度もチクられていない。それはやっぱり選手たちと心と心でつながっていたからだと思います。
 今は70歳を過ぎ、仕事も辞めてますが、1年に2回は一緒に食事をするんです。僕は高校生の時、20針縫う裂傷を顔に負ったので酒を飲むとそこが赤くなる。すると先生は「お前、そういえば1年生の夏休みに」と急に泣き出す。それを見るとこっちの涙も出てしまうんです。
 みなさん、いい話だと思うでしょ。とんでもない。
 僕は高校1年の夏休みの試合で転んで大きな傷を負いました。大けがを負って痛いんですが、当時の僕は「ラッキー。これで試合も出なくていいだろう」と思ったんです。それほど練習がきつかった。
 レフェリーが監督兼ドクターの山口先生に見せにいくと「大丈夫だ。大したことない」と言ってテープで巻いてそのまま続投です。ハーフタイムで「ようやく代えてくれる」と思ったけど、山口先生は「よし、そのまま行け」。それなのに試合後にけがを見ると「ひどいな! すぐ病院行け」と言うんです(笑い)。
 1週間後も試合です。試合前日、「傷を見せてみろ」と言う。見せると「いけるな」と言って救急箱からハサミを取り出して糸をポンと切って翌日の試合も出場です。開始早々大出血ですよ(笑い)。
 だけど、それがあるから今の自分があるんです。「おかしい」とか「ひどい」とも思うけど、耐えられるとも思うんです。今では耐えられたことを誇りに思っています。

 ラグビーを始めたのは中学生の時からです。野球もサッカーも人が多すぎて1年生はプレーをさせてもらえない。その中でラグビー部はとても楽しそうだったからです。
 ところが入部承諾書に保護者のサインが必要だった。当時の親父は怖い存在で年に数回しかしゃべらない。だけどサインをもらわないといけない。お袋を通して父親に聞くと「明日朝7時に食卓に来い」と。親父に会うのにアポイントが必要だったんですよ。
 今ではそんな古めかしい親子関係はありませんが、緊張する相手はいないとダメです。僕は「親父は何を聞いてくるか?」と子供ながら必死にシュミレーションをするんですよ。「なんでラグビー部なんや?」。それに答えられるように準備するんです。
 案の定そう聞かれたので、準備通りに「ラグビーは楽しそうで3年間続けられそうなので」と答えると「それはそうやな。ただでさえ面白くない勉強しに学校にいくんだから。放課後くらい楽しくないとな」と言われた。それで安心して席を立とうとすると「成績が落ちたらすぐさま退部だ。面白くなくても本来の仕事は勉強。それがおろそかになったらあかん」と約束させられました。
 ラグビー部は楽しくてね。上手くなるというのは、それが好きになるということですよ。どの分野でも、仕方なしにやって日本一になった人はいないと思います。
 中学3年の時はずいぶん上手くなっていて、いろんな高校の監督がスカウトに来ました。「授業料免除」「大学に入れる」と言われるんですが、親父は「まだ高校にも入っていないのにそんな詐欺みたいな話があるか」と言うんです。
 ある日帰宅すると、知らんおっさんが家に上がり込んでいて「お帰り。遅かったな」と大声で言う。それが山口先生でした。「君のプレーを見て一緒にラグビーを楽しみたいと思ったんや」と言って、それから2時間延々と夢を語って帰りました。そりゃ、感動しますよ。それで親父に「伏見工業に行かせてください」と頭を下げたんです。
 高校では、大学生とほぼ隔週で練習試合をした時期もあり、チームは強くなりましてね。高校生と試合をやると大差をつけます。
 ある時、高校生と練習試合をやって前半で50対0の大差となりました。ところが、山口先生が怒り狂ってる。もう臨界点を迎えているんです。
 「おう、お前ら、なめてんのか」。主将の私が的を外した答えをすると全員が殴られますから答えはこれしかありません。「いえ、なめていません…」。
 先生はぐっと睨んで「なめてるよ、お前ら。相手が高校生だから緩いんか」。先生はしゃべるほど怒りがわいてくる性格なので収まりが効かない。ハーフタイムはとうに過ぎて、相手チームもレフェリーも寒い中震えながら待っているけどレフェリーも止めないんです。
 15人全員が殴られた後、先生が「お前らな、何を目標に戦っているんか?」と言うので「日本一です」と答えると「このゲームは本当に日本一に近づいているのか」と言うんです。
 「何を訳の分からんことを」とお思いでしょうが、要は人間は10ある力をすべて出し切らないと意味がないということなんです。5しか使わずに勝ったら翌日も適当な練習をしてどんどん自分の力を減らす。それで強敵が現れると一気に弱くなる。それでは遅いんだ。逆に10の力を出し切ると次は10・1、その次は10・2とどんどん強くなる。
 そういう話をすると山口先生は急に笑い出して「よし前半のことは忘れろ」です。「このおっさん、情緒不安定なんか」と思いますが、選手は焚きつけられてお祭り騒ぎとなり、後半は74点を取ったんです。
 まあ、このように山口先生のやり方はメチャクチャでずいぶんと理不尽でしたが、私たち部員は感動しています。これがリーダーシップなのだと思います。 』

引用:産経ニュースより

平尾誠二さんのご冥福をお祈り申し上げます

(投稿:kazumi)